池波正太郎の名作『鬼平犯科帳』をご存知か。時代背景は1800年にさしかかる「寛政の改革」のこと。世間は度重なる飢饉により凶悪犯罪が増加し始め、幕府は火付盗賊改方と呼ばれる特別警察を設け、その頭、長谷川平蔵が巷に蔓延する悪を一掃するストーリーだ。
長谷川平蔵は取締の厳しさから鬼の平蔵、通称「鬼平」と恐れられているが、そんな噂とは裏腹に人情味あふれる顔も垣間見せる。鬼平はその配下、密偵たちが集まる料理屋「五鉄」で情報収集をする。そこで度々登場するのが「軍鶏鍋」だ。これが実に旨そうなんだな。
この「五鉄」があったとされる場所は、両国にある旧中川と隅田川を東西に結ぶ運河「竪川」(たてかわ)の「二之橋」の角。現在は上に首都高速7号線が通っている。
その「五鉄」のモデルとされている店が、池波正太郎も頻繁に訪れていた両国の「かど家」、本日はここにお邪魔した。
文政2年(1862年)創業で、初代が愛知県出身ゆえ、「鶏鍋」は八丁味噌仕立てになっている。
旧千葉街道に面した2階の個室に通され、まずはビールで乾杯。
お通しは「胸肉の梅肉ソース」、「鶏スープ」。
次に「肉巻きそぼろ餡かけ」、
「つくね団子」となっている。
どれも上品な味わいながら、コントラストのはっきりした美味しさだ。
「鶏鍋」といったらやはり燗酒に限る。
でも徳利が「五鉄」風じゃない。
注ぎ口の小さなこんな徳利だったらもっといいのになって思った。
いよいよ「鶏鍋」の登場となる。大皿には鳥取大山鶏の胸ともも肉。そしてレバー、砂肝、皮。焼き豆腐にネギ、春菊となっている。
愛知岡崎から取り寄せた八丁味噌を「かど家」独自にブレンドしたものを、仲居さんがスープにこれでもか、とばかりに大量に溶きほぐす。
「ずいぶん入れるんですね」
「これじゃまだ足りないかも」
と仲居さんは中座して八丁味噌をさらに追加。しばらくすると沸々と煮え始め、いよいよ食べどきだ。
「兵庫の加古川にある養鶏所から取り寄せた卵で召し上がってください」
仲居さんが軽く卵を溶き、具をよそってくれる。
濃厚そうに見えるが意外に軽やか、とは言っても八丁味噌なのでそれなりに重力があり、溶き卵がそのパワーをちょい軽減してくれる。ほんのりと甘みのある味噌と鶏肉の相性がなんとも心地よい。燗酒をクイッとあおり、鶏をつつけば、鬼平と密偵たちが囲む「五鉄」の「軍鶏鍋」さながらの風情だ。
「う~ん旨いね」
途中、6代目の女将さんがご挨拶に来てくれた。
「このあたりは昔、鳥市場があって、界隈には多くの鳥料理屋があったそうですよ」
とのことだそうだ。
燗酒をあおり、鶏鍋をひたすらいただく、すでに満腹に近い。
「最後にお食事になりますけど、ご飯かおうどん、どういたしますか」
「かなりお腹いっぱいなので、ご飯をほんの少しでお願いします」
香の物とご飯が運ばれてきて、
「この鍋の味噌をご飯に乗せてお召し上がりください」
味噌ダレご飯がまた乙な味わいなのだ。そして〆の「ラ・フランスのシャーベット」が胃袋を優しくリセットしてくれる。
「鍋のお味噌お持ち帰りになさいます?」
「えっ、これ持って帰れるんですか、ぜひお願いします」
いや~ありがたいね。
「池波正太郎さんが利用していたお部屋ご覧になりますか」
「見せて頂けるんですか?」
「どうぞ」
と1階の奥にる6畳ほどの部屋は中庭に面していた。やっぱここにすれば良かったかな…。
この部屋、予約で確保できることは知っていたが、どこか小っ恥ずかしいので何も言わなかったのだ。
「美味しかったです」
「またお越し下さい」
塩仕立ての「軍鶏鍋」もあるので、今度はボクの密偵たちを連れて会合を設けるとするか。
翌日、持ち帰った味噌ダレで味噌煮込みうどんをこしらえた。
「鶏鍋」が恋しくなるとよく訪れるのが、神田須田町の「ぼたん」。ここは大広間に七輪が添えてあり、そこで「鶏鍋」(鶏すき焼き)をつつきながら燗酒をいただく。他の客もガヤガヤとする中で過ごす風情は、どこか江戸時代の居酒屋のようなのだ。でもこの店予約を受け付けてなくて、満杯の時はしばらく待たなければならないのが玉に瑕。
「かど家」はランチもやっていて、「きじ弁当」、「そぼろ弁当」のほか、この「味噌鍋」は限定5食2500円で提供している。夜は1人前7350円からだ。
〈店舗データ〉
【住所】東京都墨田区緑1–6–13 電話03–3631–5007
【営業】12時から14時 17時30分~22時 土17時30分~21時30分
【休日】日・祝
【アクセス】JR総武線「両国駅」東口から徒歩10分 地下鉄大江戸線「両国駅」A5出口から徒歩7分