１０数年前のこと。
「あのシットリとした口当たりがたまらないんだよね。ホンとは教えたくなかったんだけど……」
とこの「天康」にほど近い大手印刷会社に勤める飲み友だちが、升酒をゆっくりと傾けながら僕にこっそりと教えてくれた。彼が入社したての頃、上司に連れられて「かき揚げを食べるんだったらここ」と教えられた店なのだそうだ。
一般にサクっという口当たりが、かき揚げに限らず天ぷらなど揚げ物の真骨頂のはずだけど、果してシットリとする「かき揚げ丼」とはいかなるものなのか。「天康」を訪れ、謎の「かき揚げ丼」に出合ってから、今は半年に１回ほどこの店に通っている。
カウンター越しに主人の手さばきを眺めれば、薄力粉と卵水を合わせ、具を手早くお玉で絡め、サラダ油とごま油の混合油の鍋に投入、パチパチと乾いた音が立ち始めると鍋からかき揚げをサっとすくい、タレにくぐらせて盛る。これがシットリかき揚げの秘密だ。
そのかき揚げは、丼に隙間なく収まり、厚さはおよそ１.５センチ。どこをつついても具が豊富で、エビのプリプリ感が始終口中を楽しませ、貝柱のうまみが後追いしてくるという味わいだ。
創業以来、醤油、みりん、ザラメで継ぎ足されてきたタレがサッパリしていて、最後まで箸の勢いを衰えさせないバランスに仕上がっている。
初めて訪れたとき、僕の食いっぷりを見て、
「昔はものの３、４分で平らげていく若者が多かったな…」
と語る気さくなご主人。僕はとにかく食べるのが早いんだよね。
〈店舗データ〉
【住所】東京都台東区浅草５-２０-８ ＣＳタワー 電話０３-３８５１-１８４９
【営業】１１時～１４時３０分 １７時～２１時 土曜日は昼のみ
【休日】日曜日・祝日
【アクセス】ＪＲ中央線「浅草橋駅」徒歩5分