この店の斜向かいのラーメン屋「ふくみみ」に久しぶりに訪れた時に見つけた店。
「あれ。この店行列してるじゃん、何屋だろう?」
どうやら煮込み専門の定食屋さんのようだ。ウズウズして、数日後に改めて訪問した。
この店の斜向かいのラーメン屋「ふくみみ」に久しぶりに訪れた時に見つけた店。
「あれ。この店行列してるじゃん、何屋だろう?」
どうやら煮込み専門の定食屋さんのようだ。ウズウズして、数日後に改めて訪問した。
水天宮「首都高6号線」の脇に瀟洒な佇まいのカレー専門店がある。店内はL時のカウンター8席に2人席のテーブルが5卓、木彫の店内は実に落ち着いた雰囲気だ。
先月の1月12日にオープンしたトンカツ屋「ひなた」。
店内は右手にL字の白木のカウンター12席。オープンしたばかりなので、従業員は6人ほどと大人数。
新宿3丁目は、フリーランス、劇団、映画、出版関係者など、個性の強い輩で賑わう街だ。そんな連中で賑わう居酒屋は「どん底」、「池林坊」、「鼎」、「呑者家」など、媒体にも登場する有名な飲み屋が連なる。
この店、初めて訪れる人には極めて複雑な道のりだ、だから説明する。「分倍河原駅」改札を背にして左手の商店街をひたすら真っ直ぐ。T字路にぶつかったら左折、そして踏切の手前を右折して線路脇を真っ直ぐ。次の踏切を渡り、すぐに右折。そのまま直進すると「甲州街道」(国道20号線)にぶつかり、歩道橋を渡ってちょい直進し右折すると20m左手に現れる。たぶんこれが一番近いのでは?
「うちの会社の支店が水天宮にあった頃、宴会でよく利用した中華屋なんだけど、なんかここいいんですよね」
このブログによく登場する証券マンの飲み助、通称「ゴルゴ」からの情報だった。
水天宮はたまに稲庭うどんの「古都鳥」に行くぐらいで、あまり縁がない。
「肉炒めそばがいいんですよ、いやはっきり言って普通かもしれないけど…」
大塚駅北口から左手。飲食店が連なる猥雑な商店街を抜けて、大通りを渡り、また小さな商店街に「ツリートップ」がある。駅から徒歩10分ってとこかな。
「バラエティー寿司」とは、我々の仲間内の造語だ。バラエティーとは寿司や刺身以外に気の利いた肴や大衆酒、いわゆる酎ハイやお茶割などを豊富に取り揃えている店のことで、飲兵衛にはありがたいんだよね。江戸前の仕事物を中心に提供する、高価な寿司屋もたまにはいいけど、気の利いたつまみで過ごすのが何よりも心地いい。まして寿司屋の魚は間違いなく旨いしね。
続きを読む 池袋「寿司ゆう」久しぶりに感動した寿司屋。仕事物が半端じゃない、その上リーズナブル。 絶妙な〆具合の〆鯖、自家製カマボコ、煮穴子、なにをいただいても大満足。
ちょっと刺激のあるラーメンは、体が萎えている時に無性に恋しくなるものだ。
代表的な店は「二郎」、「蒙古タンメン中本」、「天下一品」、「ホープ軒」、「平大周」、「弁慶」。中華麺だと「楊」、「栄児」などかな。池袋「サンシャイン通り」、「東急ハンズ」の裏手にそんなクセになる神田に本店のある行列の店「鬼金棒」(キカンボウ)がある。
これほどコストパフォーマンスの素晴らしい店は滅多にない。この店に出合ったのはかれこれ20数数年前、ワケあって東十条に半年ほど暮らしていた時期だ。
自由が丘駅横の大井町線の踏み切りそばに、ラーメン専門店「ふく山」がある。店内はL字のカウンター11、2席かな。ラーメンは「醤油そば」、「特製醤油そば」、「塩そば」、「特製醤油そば」、「味噌そば」、「特製味噌そば」、「熟成白湯そば」、「つけ麺」となっている。
日本にあるインド料理屋で提供されるカレーの多くは、濃厚な味わいの北インドカレーだ。近頃、サラリとした南インドカレーもここ数年で増え始め、ボクが知る限りでは日本全国に90数店舗あるのではないか。それもほとんどが関東中心に展開している。
そんな中、巷に南インドカレーが認識されるずいぶん前からこの「カレーリーフ」はあった。
10数年前、東武東上線「成増駅」北口の横丁に「デイブレテク」というカレー屋があった。
確かカウンターのみの小さな店で、カレーはインド風情ですこぶる旨かった。成増にはパキスタンカレーの名店「サプナ」があり、人気を二分するんじゃないかと思われていたけど、僅か数年で突如姿を消した。同沿線のカレー屋の思い出を回想すれば「上板橋駅」川越街道沿いにも、御茶ノ水にかつてあった「インデラ舟」に似た味わいの「ひまわり」というカレー屋があったが、この店もどこかへ行ってしまった。
水道橋駅前東口「東洋高校」の裏手に、ハンバーガー・サンドイッチ専門の「アイコウシャ」がある。仕事でこの界隈はよく訪れるので、前々から気になっていて、やっと行く意思を固めた。外観は極めてシンプルで一見するとなんの店だかさっぱりわからない。
東武東上線「上板橋駅」は地味な駅だけど、「蒙古タンメン中本」の発祥の店や、行列の並ぶドラ焼きの「石田屋」、居酒屋の名店「鳥昇」、めちゃ旨の「魂の中華そば」など密かに賑わっている。
中でも新参の居酒屋としては南口の予約必至の焼きとん「須賀の湯」はすでに紹介しているけど、北口にも人気を二分する焼きとん居酒屋の「ひなた」がある。
続きを読む 上板橋「ひなた」リーズナブルでメチャの焼きとん、気の利いた美味しいメニュー盛りだくさんの居酒屋。すこぶる旨いキーマ風焼きチーズカレーにもビックリ。
若い頃「きしめんってなんだかな~」って思っていた。
でも都営三田線「志村坂上駅」にあった「宝来屋」できしめんを食べたとき「こりゃ旨い」と認識を新たにさせられた。揚げ立ての手作りのコロッケも抜群にうまかったけど、ここは既に閉店している。
その後、営業マン時代、中部地区担当になり、方々のきしめん屋にお邪魔した。よく訪れた店は高岳の「川井屋本店」、卵とじや、釜揚げとバリエーションが豊富。それと栄の「えびすや」のカレーきしめんもいいんだよね。
自由が丘にある居酒屋の名店「金田」で友人と待ち合わせ。1時間ばかり早めに着いたので、何年かぶりに界隈を徘徊。
「確かこの辺だったよな…」
六本木「俳優座」裏手にあったカレーの名店「MURA」が自由が丘に移転し、そのご閉店。食用のドライフラワーが散りばめられた独特なキーマ風のカレーだった。
北口に古くからある雑貨、飲食店が立ち並ぶ「光街」、「自由デパート」をぶらぶら。
〝正しい飲み屋〟というものを知ったのは、この「路傍」が始まりだった。
27歳の小僧の頃、この店の怪しげで大人びた風情の暖簾をくぐることが出来たのは、いい店を見極める資質が、僕に備わっていたからではないかと、手前味噌ながら思っている。
若造なんて、酒の味や肴の美味しさは二の次で、 大量に酒が飲めて、ボリュームのある安価なつまみさえ提供してもらえればいい年頃。でも僕は当時から若干、老成化していたのかもしれない。
東武東上線「ときわ台駅」、「中板橋駅」を横切る環七沿いにかつて「土佐っ子」(下頭橋)があった。高校生の頃よく通った店で、初めて訪れたとき、寸胴から鶏の足が突き出た光景に一瞬たじろいだけど、背脂のタップリ浮かぶ濃厚な味わいに病みつきにさせられ、部活の帰りに必ず寄ったものだった。ここは「背脂チャッチャ系」ラーメンと称され、その大本は「千駄ヶ谷ホープ軒」。そこから巣立ったのが「土佐っ子」、「香月」、「弁慶」、さらに「千石自慢」などだ。
この高島平界隈は都営三田線が通ってない頃から知っている。当時は四方八方野原で、マムシやカエル、ザリガニを獲りに遠方から遊びに来たものだ。三田線が通ってから、巨大な団地が林立し、賑やかだったけど、今では住人の高齢化とともに空家が増え、「無印良品」とのコラボで団地をリノベーションして若い夫婦にアプローチしたり、高齢者の見回りなどを条件に学生に安く賃貸したりと、いろいろ工夫をして空洞化を防いでいるようだ。
新宿西口、小滝橋通りから左手の横丁、「柏木公園」の隣に味わいコスパ最高のラーメン屋「光来」がある。ここは、生麺や点心などの中華料理を製造販売する「フジキン光来」の直営店らしい。昼時はいつも行列の人気店で、ラーメンはもとより焼売、餃子などなにをいただいてもハズレなし。
西武新宿線「下落合」駅前に人気のラーメン屋「彩」がある。醤油ベースの「中華そば」はあまり化調を加えていないところに好感が持てる。
ココは「煮干中華」が売りのようだけど、客の9割が食べているのは「まぜそば」だ。でもボクは「辛い汁ソバ」と「餃子」が一番好きなんだよね。
渋谷駅から道玄坂をしばらく登り、「道玄坂交番前」の三叉路脇にカレーライス専門店の「カイラス」がある。ココはボクが30代の頃に出来た店だと記憶している、だから創業から20数年になるのかな?
カレーの食べ歩きを始めるに当たり、欠かせない基本の店といってもいいだろう。
この店は昭和27年に東大赤門前で息づいていたらしいけど、当時のことは知らない。一時期閉店となるが、ここで20年ほど働いていた方が、昭和54年に東大正門前で再開させ現在に至っている。
『されど我らが日々』で芥川賞を受賞した小説家、柴田翔。彼の小説、学生運動の狭間の中で揺れ動く若者の苦悩を描いた恋愛小説『贈る言葉』の舞台になった喫茶店でもある。
このカレー専門店いつからあるか知らないが、ボクもずいぶん昔から通っている。
店内はカウンター11席。入って正面に8席と右手窓際に3席という変形な造りだ。昼時は近隣のサラリーマンとOLでごった返す。
池波正太郎の名作『鬼平犯科帳』をご存知か。時代背景は1800年にさしかかる「寛政の改革」のこと。世間は度重なる飢饉により凶悪犯罪が増加し始め、幕府は火付盗賊改方と呼ばれる特別警察を設け、その頭、長谷川平蔵が巷に蔓延する悪を一掃するストーリーだ。
長谷川平蔵は取締の厳しさから鬼の平蔵、通称「鬼平」と恐れられているが、そんな噂とは裏腹に人情味あふれる顔も垣間見せる。鬼平はその配下、密偵たちが集まる料理屋「五鉄」で情報収集をする。そこで度々登場するのが「軍鶏鍋」だ。これが実に旨そうなんだな。
この「五鉄」があったとされる場所は、両国にある旧中川と隅田川を東西に結ぶ運河「竪川」(たてかわ)の「二之橋」の角。現在は上に首都高速7号線が通っている。
その「五鉄」のモデルとされている店が、池波正太郎も頻繁に訪れていた両国の「かど家」、本日はここにお邪魔した。
白金高輪にある「天山飯店」の坦々麺と餃子や、鉄板焼き「不二」(残念ながら閉店)のハンバーグが好きでよく通っているんだけど、そんな時にたまたま見つけた店。
「なんだ? ひき肉少年って…」
奇妙なネーミングが気になって仕方がなかった。随分と経ってからやっと訪れた。
一番人気は「上ロースカツ定食」1650円、これが旨い。肉は秘伝の粉で下味をつけ、一日寝かせている。そのひと手間で豚肉のクセがとれるそうだ。揚げ油はラード100%。それを日々漉しながら、新たなラードと背脂を注ぎ足し、この店独特の香ばしい褐色のとんかつが生み出される。
湯島切通し、すき焼き専門の名店「江知勝」をご存じだろうか。この店、元々はお米の商いが前身だったそうだが、商才にたけた初代店主、越後谷勝治郎が「肉は儲かるらしい」という噂を耳にし、肉の卸業に転身。その後、「どうせなら肉を食べさせる店にしよう」、ということで明治4年にこの店を開業したそうだ。店名の由来は、その越後谷勝治郎から「越勝」と命名され、後に「江知勝」に改名されたという。