中野「路傍」正しい居酒屋、味わいの名店。


〝正しい飲み屋〟というものを知ったのは、この「路傍」が始まりだった。

27歳の小僧の頃、この店の怪しげで大人びた風情の暖簾をくぐることが出来たのは、いい店を見極める資質が、僕に備わっていたからではないかと、手前味噌ながら思っている。

若造なんて、酒の味や肴の美味しさは二の次で、 大量に酒が飲めて、ボリュームのある安価なつまみさえ提供してもらえればいい年頃。でも僕は当時から若干、老成化していたのかもしれない。

「路傍」はかつて新宿駅東口「タカノフルーツパーラー」裏手で、昭和30年に創業した。当時この界隈は新宿一の繁華街だったそうだ。その頃、紀伊國屋書店の創業者、故田辺茂一氏を始めとする、多くの文人墨客が出入りし、その名残が店の造り、古びた調度品の隅々に垣間見ることができる。新宿にあった店は昭和35年頃の区画整備に伴い店を閉じ、現在の中野に移転してきたそうだ。先代の女将さんは既に他界され、今は息子さんの関本ご夫婦で切り盛りしている。

僕は聞きたくもない、または趣味の合わないBGMが流れている店は若い頃から嫌いだった。だから音楽がかかっていない店を、 無意識に探していたのだろうと思われる。「路傍」にはBGMはない、故に静かでいいが、時として手持ち無沙汰になるものだ。でもここでは、客たちが交わす会話の中に溶け込むことで、その危惧から救われる。

酒は広島の千福の樽と本醸造、ビール、ウイスキーだけで、焼酎、サワー類は置いていない。腹にたまるような肴はあまりないけど、 女将の和栄さんのこしらえる素朴な料理は余計な小細工がなく実に旨い。また、ご主人のちょっと理屈っぽい会話も味わい深い。

こぢんまりとした店内は8席のカウンターのみ。そのコーナーに30センチ四方の炉が切ってあり、炭火で炙るウルメイワシやシシャモ、テーブルに並ぶ根菜のおひたしなどをつまみに、樽酒を傾けるのがいい。小腹が空いてりゃ餅の磯部焼き、寒い時期ならねぎま鍋をつつけば、質実質素な贅沢に酔いしれることができるだろう。

一見の客でも、ご夫婦はその客の資質を見極めて語りかけ、常連との話題の共通点を見出し、客同士の橋渡しを何気なくしてくれる。だから新参者でも、自然と会話が成立してしまう。こういった居酒屋は滅多にお目にかかれない。

毎年年末の2日間は「おでんの日」は、下町の確かなおでんダネ屋で仕入れてきた嫌味な甘さのない練り物、スッキリとした出汁でいただくおでんは格別、昨年末は残念ながら行けなかった。

だけど年始に2日間は「フライの日」にはお邪魔できた。和栄さんがこしらえるきめの細かいパン粉で揚げる串カツ、ねぎま、ウズラの玉子、ジャガイモ、椎茸などの各種野菜のフライをウスターソースに浸しいかぶりつく、これで新たな1年が始まるのだ。

この店もすっかり有名になり、酒場放浪を趣味とする客も多く訪れ、酒場詩人の吉田類さんや、居酒屋の本も執筆するマイク・モランスキーさんなどもたまに酒を傾けている。また狭小の店ゆえ大人数は入れない、2人がマックスなので留意してもらいたい

 〈店舗データ〉

【住所】東京都中野区中野55517 電話0333870646

【営業】18時~23時

【休日】日・祝

【アクセス】JR・地下鉄東西線「中野駅」北口から徒歩4分


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